08


異様な雰囲気の入学式を終えた俺は、考え事をしながら自分のクラスに辿り着いた。

黒板に貼られた紙で席を確認し、窓際の前から二番目の席に着く。

「ねぇ、君外部からの新入生でしょ?僕、宮部 茜。よろしくね」

そう名乗る少年が、俺から見て嘘臭い笑顔を浮かべながら声をかけてきた。

自慢じゃねぇがこういった嘘を見抜くのは得意だ。

めんどくせぇ奴が来たな…。

だから俺も優等生の仮面を被って応えてやった。

「よろしく、宮部君」

「そんな堅苦しいんじゃなくて、茜でいいよ」

仲良くしたくもねぇし、誰が呼ぶか。

俺が遠回しに断ろうとした、調度その時、

「よぉ、久弥。昨日はよくも俺から逃げてくれたな」

教室の後ろの扉から制服を着崩した來希が入ってきた。

ちっ、こんな時に。タイミングの悪い奴だ。

クラスにいた生徒達は俺と來希にちらちら好奇の視線を向けてくる。

俺の横に立つ宮部なんか熱に浮かされたような瞳で來希を見ている。

え〜っと、こいつ名字なんてったっけ?

「えっと、橘くん?昨日は悪かったね。急用を思い出して」

「はぁ?何だそのしおらしい態度。気持ち悪ぃ」

「………」

俺は近づいてくる來希を眼鏡の下から睨み付けた。

殺気を感じとったのか來希はへぇ、と瞳を細めて嫌らしく笑った。

「そうかそうか、昨日は良いとこで邪魔が入っちまったからな。機嫌悪ぃんだろ?」

「はぁ?何言って、…んですか?」

危なくいつも通り、何言ってんだてめぇ、と啖呵切りそうになっちまった。

「何って昨日の事だ。なんなら授業サボって続きしてやろうか?」

俺の真後ろで立ち止まった來希は愉しくてしょうがないとばかりに唇を歪め、赤い舌をぺろりと翻す。

來希のその一言で、教室内にあった好奇の視線が憎悪を伴ったものに変わるのを感じた。

俺はその視線を気味悪く感じながらも優等生の仮面は外さない。

「よく分かりませんが結構です。お断りします」

また蹴られたいのか?それなら次は容赦なく潰してやる。

俺の言いたいことを理解したのか來希は肩を揺らした。

そこへ、今まで黙っていた宮部が俺を指差し口を開く。

「あのっ、來希様!コイツと知り合いなんですか?」

さっきは茜って呼んでくれ、と言ったくせにコロッと態度を変えた宮部に内心でやっぱりと思った。

しかもコイツに様付け?おかしいんじゃねぇの。

來希は來希で不遜な態度で応えた。

「何で俺がてめぇにンなこと言わなきゃなんねぇんだ」

「す、すいません」

「フン。まぁいい。今は気分がいいから教えてやる。コイツは俺のルームメイトだ」

ざわざわしていた室内が一瞬にして嫌なくらい静かな静寂に包まれた。

そして、その嫌なくらいの静寂を破ったのは新たに入ってきた人物だった。

端整な顔立ちをした、明らかに染めたと分かる青い髪。瞳は黒色で耳にはクロスのピアス。

制服を着崩し、だるそうにポケットに手を突っ込んでいる。

お前は―!!

「なんだぁ?このピリピリした空気は」

そう言ってソイツは俺達の方を見る。

「ちっ、和真か」

來希の口からでた名前に俺はやっぱりと思った。

…やっぱり。お前は黒騎[コクキ]のカズ。

「まぁたお前と同じクラスかよ。んで、入学式早々なぁにやってんだ?」

今のところ実質No.3につけているチームの総長、カズ。本名は確か木下 和真。

なんだってこう不良がいるんだよ。それも同じクラスとかありえねぇし…。

「おやぁ、見ない顔だなぁ。來希、それ誰?」

近付いてきた和真は來希の肩に腕を乗せて俺をじろじろ見てくる。

「外部からきた奴だ」

「てことは、來希のルームメイトかぁ。名前は?」

和真は來希にではなく俺に聞いてきた。

しかし、これ以上厄介事に関わりたくない俺はフィと視線を前に戻し無視を決め込んだ。

「何アイツ、和真様が聞いてるのに無視とか!!」

「ね、ありえないっ!!最低〜」

それと同時に当然の如くヒソヒソと俺への悪口が囁かれた。

和真は口々に囁かれる目の前の少年への悪口に眉間に皺を寄せた。

「はぁ、お前らの方こそうざったいなぁ」

來希の肩から腕を下ろし、少年の正面に回る。

そして、シンと静かになった中で再度名前を聞いた。

「で、お前名前は?俺は木下 和真」

何でそんなに俺の名前を知りたがるんだコイツ。

関わりたくはないが、言わないともっと面倒臭そうなので仕方なく口を開いた。

「糸井 久弥です。俺にあんま近寄らないで下さい」

「ん?あ〜、久弥な。久弥」

ぶつぶつ名前を繰り返す相手に俺はもういいでしょう?と言って追い払った。

まったく、俺の目立たず大人しく平和に三年間をやり過ごして自由を手にいれるって目標が早くも崩されるところだった。

安堵したその後ろで、平和を揺るがす会話がされているとは知らず、俺は担任が来るまで窓の外をぼんやり眺めていた。

「和真、久弥に手ぇだすなよ。あいつは俺が見つけたオモチャだからな」

「それは約束できねぇなぁ」

「何だ、俺と殺ろうってのか?」

和真は薄く笑うだけでそれに答えず自分の席に行ってしまった。

「和真が気にする程のモノがアイツにはあるってのか?」

確かに、地味な見た目に似合わず喧嘩は強かったな…。

和真の態度に來希は前方に座る久弥に疑念を抱いた。



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